東京地方裁判所 平成9年(ワ)3575号 判決 1998年2月03日
原告
尾後貫君代
被告
東新輸送梱包株式会社
ほか一名
主文
一1 被告武澤光男は、原告に対し、金一四〇万二四三〇円及びこれに対する平成九年三月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告東新輸送梱包株式会社は、原告に対し、金一四〇万二四三〇円及びこれに対する平成九年三月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、各自、原告に対し、金二八九六万三〇四一円、及びこれに対する、被告武澤光男につき平成九年三月九日から、被告東新輸送梱包株式会社につき平成九年三月一二日から、各支払済みまで各年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、自動二輪車を運転中、交通事故に遭い、死亡した男性の遺族である原告が、加害車両の運転者及び保有者に対し、それぞれ不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。
二 争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実(以下「争いのない事実等」という。)
1 本件事故の発生
訴外尾後貫一哉(以下「一哉」という。昭和五〇年二月二八日生。甲一)は、次の交通事故に遭い、平成八年六月一二日午前二時二五分脳挫傷、全身打撲により死亡した(甲三。当時二一歳)。
事故の日時 平成八年六月一二日午前一時一五分ころ
事故の場所 埼玉県熊谷市大字上奈良一〇九七番地一先国道四〇七号線(上り線)路上(別紙交通事故現場見取図参照。以下同道路を「本件道路」といい、同図面を「別紙図面」という。)
加害車両 大型貨物自動車(全長約一六メートルの自動車運搬用トレーラー。被告武澤本人)
(練馬一一か六八四三。トラクター部)
(練馬一一け四二六。トレーラー部。甲四の7)
右運転者 被告武澤光男(以下「被告武澤」という。)
被害車両 自動二輪車(一熊谷え三八四〇)
右運転者 一哉(なお、一哉が自動二輸車の運転免許を取得していないことは、当事者間に争いがない。)
事故の態様 加害車両が被害車両を追越しざま、これと衝突した。事故の詳細については、当事者間に争いがある。
2 加害車両の保有者性
被告東新輸送梱包株式会社(以下「被告会社」という。)は、加害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していた。
3 相続等
原告は、一哉の実母であり、一哉の被告らに対する本件事故に基づく損害賠償請求権を相続により取得した(甲一、弁論の全趣旨。なお、他に相続人がいないことは、当事者間に争いがない。)。
4 損害の一部填補
原告は、自賠責保険から二一一四万七一六〇円の填補を受けた。
三 本件の争点
本件の主な争点は、本件事故の態様(被告らの責任ないし過失相殺)である。
1 原告の主張
被告会社は、加害車両の保有者であるから自賠法三条本文に基づき、また、被告武澤は、不必要なクラクションを鳴らして一哉の蛇行運転を誘発した上、前方注視を怠り、減速や適切なハンドル操作を行う等の事故発生防止義務を尽くさなかった過失により、本件事故を引き起こしたものであるから、民法七〇九条に基づき、それぞれ一哉に生じた損害を賠償すべき責任がある。
被告武澤は、捜査段階においては、被害車両を衝突地点の約八五メートル前方で発見し、また、加害車両がクラクションを鳴らすと、被害車両が蛇行運転を始めたと供述しながら、法廷においては、突然これらと相反する供述をしており、措信できないというべきである。
2 被告らの認否及び主張
被告武澤に過失があるとする点及びこれを前提とする被告武澤、被告会社らの責任については、いずれも争う。
(一) 免責
本件事故は、一哉が無免許でヘルメットも装着しないまま、蛇行運転を行い、加速中の加害車両の進路妨害をしようとして、ウインカーを出さずに急ハンドルを切り、加害車両の進路直前に割り込み進入してきたため、被告武澤がこれを避けきれずに発生したものであり、一哉の一方的過失によるものであるから、被告武澤に過失はなく、民法七〇九条の責任はない。
また、加害車両に構造上の欠陥及び機能上の障害はなかったから、被告会社は、自賠法三条但書により免責である。
(二) 過失相殺
仮に、被告武澤に過失があるとしても、一哉には、(一)記載の過失があるから、原告の損害額を算定するに当たっては、一哉の右過失を斟酌すべきところ、その割合は、八〇パーセントを下らないというべきである。
第三当裁判所の判断
一 事故の態様(被告らの責任ないし過失相殺)について
1 前記争いのない事実等に、甲四の1ないし12、乙一、二、被告武澤本人、弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) 本件事故現場付近の状況は、別紙図面に記載のとおりである。
本件道路(国道四〇七号線上り線)は、埼玉県大里郡川本町方面から群馬県太田市方面に向かう、歩車道の区別のある片側二車線の道路であり、対向車線とは、中央分離帯により明確に区分されている。
本件道路には、駐停車禁止の制限がされているほか、最高速度については、実況見分調書(乙一)に記載がないことから、一般道における自動車の最高速度である六〇キロメートル毎時と推認される。
本件道路の前方及び後方の見通しは、直線のため良好であり、照明は、夜間でも明るい。
本件道路の路面はアスファルトで舗装され、平坦であり、本件事故当時、乾燥していた。
本件事故後、本件道路には、加害車両が群馬県太田市方面に向き、左側端に停車し、その後方の道路中央付近に擦過痕が印象され、その終点付近に被害車両がほぼ太田市方面に向き、車体左側を下にして転倒し、その付近にガラス片等が散乱していたが、現場路面には、スリップ痕等は認められなかった。
(二) 被告武澤は、本件道路を日常通行しており、道路状況はよく知っていた。
被告武澤は、本件事故前日の平成八年六月一一日早朝、加害車両を運転して群馬県前橋市を出発し、途中、山梨県、埼玉県狭山市等を経由した後、再び群馬県前橋市に向かうため、空車の状態で加害車両を運転し、本件道路の第一車線を時速約五〇キロメートルで進行中、別紙図面(以下、同図面上の地点を示す。)の<1>において<ア>(被害車両)と(以下「併走車両」という。)に単車二台を発見したが、その速度が遅いため、加害車両を減速させるとともに、注意を促す意味でクラクションを鳴らしたところ、単車らは、<イ>とにおいて、蛇行運転を始め、次いで、被告武澤が<3>地点に来たところ、<イ>の単車が<ウ>に寄り、加害車両を先に行かせてくれるように見えたことから、これを追い抜こうとそのまま第一車線を進行しながら加速し、一時併走状態になったところ、<4>において<ウ>の被害車両が左に急接近してきたため、危険を感じ、急ブレーキを掛けたが、<×>において、被害車両が加害車両と右前部バンパー付近に衝突し、加害車両は<5>に停止した。
被告武澤は、停車後、加害車両から降りて車体後方を見ると、<オ>に被害車両が転倒しており、一哉は車体下部の<カ>に仰向けの状態で転倒していた。
本件事故後、併走車両は、そのまま立ち去り、現場には残らなかった。
本件事故により、加害車両は、右前部バンパー、右側サイドガード等が破損したが、損傷は軽微なものにとどまった。
(三) 一哉は、本件事故当時、自動二輪車の免許を有さず、ヘルメットを装着しない状態で、被害車両を運転中、本件事故に遭い、事故当日の平成八年六月一二日午前二時二五分脳挫傷、全身打撲により死亡した。
本件事故により、被害車両は大破したため、車両の実験はできなかった。
一哉は、本件事故後、救急搬送されて現場を去り、そのまま死亡するに至ったため、事故当日の平成八年六月一二日午前一時四三分から午前二時四〇分までの間に現場において実施された実況見分には立ち会わなかった。
一哉が本件事故当時、被害車両を運転していた際の目的、行き先、併走車両の運転者の氏名等は、いずれも不明である。
(四) 被告武澤は、法廷において、被害車両らは、<1>地点の約五〇〇ないし六〇〇メートル手前から既に蛇行運転していた、被害車両らとは、できれば関わり合いたくないと思った、被害車両らを先に行かせるため、加害車両を減速させた、被害車両の後部ナンバープレート部分が加害車両の右前部バンパーに衝突した等と供述するが、他方、乙一中の立会人指示説明部分によれば、記載上は、<1>地点で初めて被害車両らを約三〇メートル前方に発見したこと、<2>地点でクラクションを鳴らすと被害車両らが蛇行運転を始めたことが記載されており、捜査官が捜査開始当初の未だ事故状況自体の把握が困難な時期において、被疑者である被告武澤だけが立会った実況見分について、ことさら被告武澤の指示説明を歪曲するような形での記載をするとは、容易に考えにくく(その後も被告武澤の指示説明自体を弾劾するような供述が関係者からなされた形跡はない。)、むしろ被告武澤は、右指示どおりの説明を行ったものと推認され、右の記載によれば、これに反する被告武澤の法廷供述は採用できない(なお、被告武澤は、乙二では、実況見分の際、記憶どおりに答えたとも述べている。)。
ところで、加害車両には、右前部バンパーと右側サイドガードに損傷があることに加えて、被告武澤によれば、加害車両は、事故の前後を通じて終始、本件道路の第一車線上を進行しており(加害車両は大型トレーラーであり、頻繁に車線変更をすることは困難であることからすれば、これに沿う被告武澤供述が採用できる。)、本件道路が見通しのよい直線道路であることからすると、本件事故が単純な追突事故とはみられず、被害車両が加害車両の直前で車線を変更したため、被告武澤がこれを避けきれずに発生したものと推認され、右認定に反する証拠はない(なお、甲四の9ないし12によれば、被害車両は後部の損傷がやや大きいように窺えるものの、この点は写真自体が必ずしも鮮明ではない上に、被告武澤も、事故直前の被害車両の動静は見ていないのであるから、それが加害車両との衝突の際に生じたものかどうかは確定し得ないというほかない。)。
なお、一哉の直接死因は、脳挫傷、全身打撲であるところ(甲三)、本件事故は大型トレーラーによる衝突事故であり、一哉のヘルメット装着の有無が、直ちに同人の死因を左右したものとはいいがたく、したがって、一哉の損害拡大に影響したともいいがたい。
2 右の事実をもとにして、本件事故の態様について検討するに、本件事故は、同一道路を進行中の直進四輪車と進路変更中の単車との事故であるが、被告武澤は、大型トレーラーを運転するに当たり、被害車両らが蛇行運転をしているのを認識していながら、わずかに一回クラクションを鳴らしただけで、その挙動が未だ収まっていたわけでもないのに被害車両が第二車線に寄ったのを見て、加害車両に道を譲ってくれたものと軽信し(乙一によれば、被告武澤は、被害車両らを発見後、クラクションを鳴らすまでの間に二一・七五メートルしか進行しておらず、その間の時間的距離的間隔は、わずかであるから、蛇行運転が終息したものとは認めがたい。)、その後の被害車両らの動静に十分注意を払うことなく、漫然加速して追抜き態勢に入り(被告武澤は、法廷において、被害車両らには関わり合いたくない、先に行かせたいと述べる一方で、クラクションを吹鳴した直後にその直近を加速進行しており、その言動は必ずしも一貫していないように窺われる。)、進行した点に過失がある(したがって、被告武澤には民法七〇九条に基づく責任があり、被告武澤に右の意味での過失が認められる以上、被告会社は、自賠法三条本文に基づく責任を免れない。)。
他方、一哉としても、本件事故当時、無免許で自動二輪車を運転していた上、前認定のとおり、蛇行運転を行い、自ら本件事故の発生に関与した点があることは、否定できず、この点に過失がある(なお、原告は、被告武澤が不必要なクラクションの吹鳴により、一哉の蛇行運転を誘発したと主張するもののようであるが、車両の運転者が危険な運転態度を示す他の車両に対し、クラクションを吹鳴すること自体が非難されるべきものではなく、この点が本件事故の主因になるとは認めがたい。)。
そして、一哉、被告武澤双方の過失を対比すると、その割合は、一哉五五、被告武澤四五とするのが相当である。
二 損害額
1 救急医療費(請求額一七万五二五〇円) 一七万五二五〇円
甲九、弁論の趣旨により認められる。
2 葬儀費用(請求額九〇万七五五一円) 九〇万七五五一円
甲一四、弁論の全趣旨によれば、原告は、一哉の葬儀を挙行し、その費用として右金額を負担したことが認められる。
3 被害車両回収費(請求額六万一八〇〇円) 六万一八〇〇円
甲一三の1、2、弁論の全趣旨により認められる。
4 逸失利益(請求額二八九六万五六〇〇円) 二八九六万五六〇〇円
甲八の1、一四、弁論の全趣旨によれば、一哉は、平成二年三月中学校を卒業後、家業(電気工事)の手伝いや修理工等の職業に従事し、その後、平成七年一〇月一〇日から平成八年三月末日まで訴外漆金運送株式会社(以下「漆金運送」という。)に運転手として勤務し、五か月余の間に一二一万九九四四円(実稼働日数一一一日)の収入を得ていたが、本件事故当時は訴外有限会社伊藤建設に勤務していたことが認められ、一哉には転職歴があり、未だ若年であって、今後も転職の蓋然性が高いことが窺われるから、一哉の将来にわたる逸失利益の基礎収入を認定するに当たっては、一勤務先に過ぎない漆金運送における短期間の収入額を用いるのは、相当でなく、統計上の数値を用いるのを相当とすべきところ、賃金センサス平成七年第一巻第一表男子労働者学歴計二〇歳ないし二四歳の平均年収額である三二五万六〇〇〇円と比較し、原告主張の三二四万円の方が低額であるから、請求の範囲内の右金額を使用することとする。
そして、一哉は、本件事故当時二一歳であり、本件事故に遭わなければ、今後六七歳までの四六年間、少なくとも前記金額を得ることができたものと推認されるので、生活費を五〇パーセント控除し、ライプニッツ方式により中間利息を控除して、死亡時の逸失利益の現価を算定すると、次式のとおり、二八九六万五六〇〇円となる。
3,240,000円×(1-0.5)×17.8800=28,965,000円
5 慰謝料(請求額二〇〇〇万円) 二〇〇〇万〇〇〇〇円
本件事故態様、死亡の結果、一哉の年齢、その他本件に顕れた一切の事情を斟酌すると、一哉の死亡慰謝料は、二〇〇〇万円と認めるのが相当である。
6 右合計額 五〇一一万〇二〇一円
三 過失相殺
前記一2記載の過失割合に従い、原告の損害額から五五パーセントを減額すると、残額は、二二五四万九五九〇円となる。
四 損害填補
原告が自賠責保険から二一一四万七一六〇円の填補を受けたことは、当事者間に争いがないから、右填補後の原告の損害額は、一四〇万二四三〇円となる。
第四結語
以上によれば、原告の本件請求は、一四〇万二四三〇円、及びこれに対する不法行為以後の日(被告武澤につき平成九年三月九日、被告会社につき同年三月一二日)から各支払済みまで各年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余はいずれも理由がないから棄却することとし、よって主文のとおり判決する。
(裁判官 河田泰常)
交通事故現場図